様々な分野において日本的なモノが見直されている今、空間デザインの世界においても日本の伝統的な技術・技法を意匠のなかに採り入れようというニーズが顕在化しています。
そこで今号では、“現代に活かされる日本の伝統シリーズ”第1弾として、塗装についてお送りします。
塗装は木材と切っても切れない関係にあり、木を社会や生活のあらゆる場面に活用してきた日本では、独自の塗装技術が開発され、発展してきました。日本の風土や日本人の感性に適う塗装として、改めて注目されている「古色」についてご紹介します。
※ここでいう古色は、古びた様子を出すために着色する色を指します。
タモ 無垢フローリング 漆仕上げ
古色とは、建築物や工芸品などが長い年月を経る間に、日光や風雨にさらされて変化した、色あせて古びた色合い、あるいはその様子を意味します。「古色蒼然」という、古めかしくも趣がある様を形容した熟語があるように、日本では古色に対して特別な価値が見出されてきました。歳月の積み重ねによって醸し出されるしっとりと落ち着いた雰囲気を楽しむその風情は、「侘(わび)」「寂(さび)」に通ずる日本人の美意識の1つともいえるでしょう。
伝統工芸の世界では、新しく制作した作品をわざと古びた色合いに仕上げることがあり、このような技法を「古色仕上げ」と呼んでいますが、建築業界で使われる「古色」は、ほとんどの場合、この「古色仕上げ」を指します。神社仏閣などの歴史的建築物の補修の際に、新しく補修した部分に古色を塗装し、時間を経過した部分との色の統一感をはかったり、また、新築の場合でも、落ち着きのあるひなびた雰囲気を出すため、古色仕上げを施すこともあります。
伝統的な日本の建築は素木(白木)であるといった「素木(白木)信仰」のようなものが根強くあります。しかし、実は民家や武家屋敷などでは色濃く着色されていたのです。日本の住宅を論ずる際に常に話題に挙げられる、かの桂離宮もまた着色塗装を施されていたことが、明らかとなっています。
実は、古民家によく見られる美しく黒ずんだ木材は、経年変化だけで黒くなったものではありません。素木(白木)は紫外線によって褐色になっても、決して黒にはなりませんし、室内においても囲炉裏やかまどの周辺を除いて、黒くなることはありえず、時代を経てなお美しくあるのには、塗装も一役かっているのです。
にもかかわらず、民家における木材塗装の伝統がなぜ、途絶えてしまったのでしょうか。その理由は定かではありませんが、江戸時代化政時代と呼ばれる富商と文化人層を中心に活発な市民文化が世を支配した時代、そこでつくられる数寄屋建築も贅をつくした趣味的技巧的なものが好まれはじめたことが要因のひとつといわれています。高価な木材、珍木、奇木などのいわゆる銘木とよばれるものを競って用いられ、それに合わせて職人たちが名人芸の技巧技術を誇るようになり、着色は負の手法として徐々に消えていったとも考えられています。
そんななか、この古色仕上げというものも見直され始めています。古色仕上げに使用するベンガラや松煙・柿渋といった材料は自然の素材で、人体や環境への負担が少なく、さらに柿渋にはシックハウスの原因であるホルムアルデヒドを吸着する働きがあるとされ、注目が集まっています。また、かつて民家の住民自らが塗布していたように、初心者でも扱いやすいことなども古色仕上げの利点です。さらに、合成塗料では引き出せない木材の隠れた表情を引き出すことも古色仕上げの新しい可能性といえるでしょう。
古色仕上げには、薬品を塗ったり、火であぶったり、削るなどの加工を加える方法もありますが、最も一般的で簡単な方法が塗装です。しかし、黒っぽく塗れば古色になるという単純なものではありません。より自然で古びた「古色蒼然」とした質感に仕上げるためには、やはり伝統的な天然顔料・植物油の組み合わせが適しています。粉であることの多い、天然顔料を植物油で溶いて使用したり、顔料を混ぜ合わせて独特の色合いを出したり、その調合方法は様々です。ここに古色仕上げに用いられる基本的な材料を紹介します。
●松煙(しょうえん)
松煙はその名の通り樹脂含有量の多い松の根元を不完全燃焼させてつくった、煤(すす)を用いた炭素黒色顔料。和墨の原料としても知られています。色は、純粋な黒ですが、白色の顔料を混ぜると青みを帯びた灰色になり、柿渋やベンガラなどとの混合で、深みのある色合いになるなど、さまざまな色味を表現できます。針葉樹などのスギ、ヒノキ、広葉樹では、ナラ、タモといった木目のはっきりした環孔材の塗装方法として使われます。
●柿渋
柿の液汁を発酵させてつくる柿渋。意匠的な面白さだけでなく、防腐、防水、防虫、抗菌作用など様々な機能があります。こうした作用は、柿渋の主成分であるタンニン(柿ポリフェノール)によるものであることが科学的に証明され、薬剤や食品分野でも注目を集めています。
塗装直後は、薄い茶色ですが、時間が経つにつれ、深みと光沢のある褐色へと変化していくのが特徴。
単独での使用のほか、顔料の溶媒としても使用されます。
ただし、柿渋には独特のにおいがあり、塗装後渇く途中で、銀杏の皮のようなにおいがたちますが、乾燥が進めば消えていきます(塗装後約1週間)。最近は、においの少ない柿渋塗料も販売されています。
●漆
漆は6000年前の太古から人類に利用されてきた塗料。酸にもアルカリにも強く、化学物質の溶出もないため、シックハウスの心配もありません。100%植物性でありながら美しい光沢を放つ塗料として評価され、建築にも使用されてきました。
漆は、紫外線を吸収すると徐々に分解され、光沢が衰えてくるため、直射日光に当たらない場所への使用が条件となります。塗り方や塗り重ねる回数により色・ツヤが異なります。
●ベンガラ
弁柄・紅殻などとも書き表される、酸化鉄(化学式:Fe2O3)を主成分とした赤色の無機原料で、名称の由来はインドのベンガル地方から輸入されたためとされています。赤色顔料としては朱とともに古くから世界中で用いられ、中国では北京原人が発見された周口店山頂洞で、ヨーロッパでは後期旧石器時代の墓で、日本でも縄文早期の東釧路貝塚で発見されています。
日光や空気、水、熱に対する耐久性に優れ、化学的な安定性が高く、他の顔料と併用しても変色しない、という特徴を持っています。
●油類
単独で塗装し、クリアーオイル仕上げとしても用いられるが、古色仕上げの場合、顔料をとく溶媒として使用したり、着色した上からコーティングするために使用します。
・亜麻仁油(あまにゆ)
リネンの材料となる亜麻の種子を原料とした乾性油。乾燥すると水、油、各種溶剤に溶けにくい性質をもち、木材の質感と温かさそのままに自然な色、ツヤで木のもつ魅力を一層引き立てます。
・荏油(えあぶら・えのあぶら)
荏胡麻(えごま)あるいは紫蘇(しそ)の種子を原料とする乾性油。古くは、灯明油や和傘の耐水処理にも使用された。塗料としては、亜麻仁油と似た性質を持ちます。
古材の色を新材で再現する古色仕上げ。しかし、それを単なる古いものに対する憧れや懐古趣味と捉えずに、伝統素材をベースとした木材塗装の新しい表現として考えることで、木材の楽しみ方も大きく拡がるのではないでしょうか。
柿渋仕上げ タモ
柿渋+Arbor亜麻仁オイル床用
松煙 タモ
松煙+ウレタンクリアー
漆仕上げ ベイヒバ
透け漆を5回塗り重ねたもの
参考文献:建築資料研究社 コンフォルト2004年5月号
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