「桜」と聞くと真っ先に思い浮かぶのは、春を彩るピンク色の花でしょうか。満開の花に酔いしれ、はらはらと散る花に心を奪われる日本人にとって、まさに桜は心の花と言っても過言ではないでしょう。そんな桜ですが、木材としても古くから家具や建材などさまざまな用途に用いられてきました。そこで今回は、マルホンで取り扱いのある「桜材」についてご紹介いたします。
「桜(サクラ)」とはバラ科サクラ属中のサクラ亜属の樹木の総括的な呼び名です。日本では園芸品種を含めると300以上の種類が見られますが、その中で最もなじみ深いのはソメイヨシノでしょう。ところが、ソメイヨシノは育ちが速く幹の中に空洞ができやすいなど、木材として使用することは難しく、建材や家具として流通することは多くありません。それに対してヤマザクラは、加工がしやすく緻密で狂いが少ないため、古くから建材や家具、楽器などさまざまな用途に使用されてきました。
また、カバノキ科のカバザクラ(樺桜)も「桜材」と呼ばれています。英語で桜は”cherry”、カバザクラは”birch”ということからもわかるように、植物学的にはまったくの別物ですが、カバザクラはヤマザクラに似た穏やかな木目と滑らかな木肌を持っており、ヤマザクラの代用として古くから活用されてきました。そのため木材の世界では、カバザクラと区別するためヤマザクラを「ホンザクラ」と呼ぶこともあります。
そもそも「桜」という名称にはどのような意味があるのでしょうか。日本人とは切っても切り離せない桜ですが、その語源をご存知の方は少ないのではないでしょうか。桜の名の由来には諸説ありますが、その一つに『古事記』に登場する「木花之開耶姫(コノハナノサクヤヒメ)」に由来するものであるという説があります。「木花之開耶姫」は桜の花の美しさを象徴する女神であるとされていますが、その名前にある「サクヤ」が転化し「サクラ」と呼ばれるようになったといわれています。
また他説では、「サ」は田や山の神様、「クラ」は神様が鎮座する場所のことを指しているといわれています。その説によると、春に桜が咲くと神が山から降りてきた証拠であるとされ、人々は桜の開花を目印に田植えを始めていたようです。このようにいずれの説であっても、桜は古くから人々を魅了し、また生活と密接に結びついていたということがわかります。*
*上村武(2001)『木と日本人 木の系譜と生かし方』学芸出版社
■日本の桜
今日では、桜の代名詞ほどに親しまれているソメイヨシノですが、実は江戸時代に人工交配によって観賞用に作られた新種の桜なのです。ソメイヨシノは江戸時代末期、園芸の盛んだった江戸郊外の染井村(現、東京都豊島区駒込の辺り)の植木屋で売り出され、明治以降になって広まっていきました。
ソメイヨシノはエドヒガンとオオシマザクラの交配種で、春になると葉が出るのに先だっていっせいに開花するのが特徴です。接木(つぎき)など人の手によって子孫を残しているソメイヨシノは一本一本が同じ遺伝子を持つため、条件が揃うといっせいに開花します。毎年春になると、日本列島の桜の開花時期を「桜前線」として予測することができるのは、ソメイヨシノにそのような性質があるからなのです。それに対して、ヤマザクラは野生種であり、開花と同時に赤茶色の若葉を出すのが特徴です。また、開花時期もソメイヨシノほどに揃ってはいません。近年は豪華絢爛に花を咲かせるソメイヨシノがお花見の主役として広く認知されていますが、ヤマザクラはその若葉と淡いピンクや白の花のコントラストを山の稜線に描くことから古くより日本人の心を捉え、数多くの和歌にも詠まれてきました。平安時代の歌人である紀貫之(きのつらゆき)は、美しい女性とヤマザクラをかけてこのような歌を詠みました。
山桜 霞の間より ほのかにも 見てし人こそ 恋しかりけれ 紀貫之 『古今和歌集』
(漂う霞の間から見え隠れするかのような山桜のように、垣間見たあなたのことを恋しく思っています)
-日本の桜材の代表 ヤマザクラ
また、桜の名所として有名な吉野(奈良県吉野郡)に咲く桜のほとんどはヤマザクラです。今から1300年以上前の飛鳥時代に、修験道の開祖である「役行者(えんのぎょうじゃ)」が難行苦行の果てに金剛蔵王大権現を感得されます。その姿をヤマザクラに刻み、吉野山に祀ったとされているのが現在「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)となった金峯山寺(きんぷせんじ)の秘仏本尊なのです。修験道が盛んになると、この本尊を刻んだヤマザクラが御神木とされ、金峯山寺に参詣する人々によって献木として桜が植えられるようになりました。その結果、日本一の桜の名所と言われる吉野山の情景ができあがったとされています。**
そうしたヤマザクラですが、木材としての利用においても長い歴史があります。ヤマザクラは堅すぎず柔らかすぎない材質であるため、繊細な加工に向いており、さまざまな用途に使われてきました。例えば浮世絵の版木は江戸時代より桜と決まっており、その中でも特にヤマザクラが良いとされてきました。加工のしやすさだけでなく、彫った部分がつぶれにくく、さらに表面がとても滑らかであるため版木に適しているのです。和菓子の型にもよく使用されることからも、ヤマザクラの緻密さや加工のしやすさをうかがい知ることができます。
**総本山 金峯山寺ホームページ、吉野町ホームページ
■西洋の桜
観賞用が多いアジアのサクラに対して、欧米のサクラ属は果実を生産するものが多いのが特徴です。北米に多く育つアメリカンブラックチェリーの果実は、日本でもアメリカンチェリーとしておなじみです。材質はヤマザクラと同様に緻密で加工に適した堅さを有し、非常に滑らかな木肌をしています。使い込むほどに自然な艶、色の深みが増していくことから、18世紀から19世紀にかけてニューイングランド地方で栄えたシェーカー教徒たちの間では、世界的な銘木であるマホガニーにも匹敵する材として「ニューイングランドマホガニー」と称され好んで使用されました。
画像3:アメリカンブラックチェリー 立ち木
ヤマザクラとアメリカンブラックチェリーの魅力はなんと言ってもその経年による色の変化です。ヤマザクラやアメリカンブラックチェリーの経年変化の度合いは他の樹種と比べ大きく、比較的速いスピードで淡いオレンジ色から深みのある茶褐色へと変化し、日に日に深みを増していきます。一方で、ヤマザクラとアメリカンブラックチェリーとでは、白太と呼ばれる辺材部分の経年変化に多少の違いが見られます。ヤマザクラの方が白太における色の変化が大きく、時間とともにより赤味を帯びていくため、結果として経年後は全体における色のコントラストが小さくなり、落ち着いた印象になっていきます。
経年変化については以下にて詳しくご紹介しています。
>経年変化する無垢木材―使い込むほどに風合いが増し、劣化しない素材―
また、ヤマザクラとアメリカンブラックチェリーには、リップルマーク(さざなみ紋)という杢が現れます。この杢は、少し光沢があるように見えるのが特徴で、角度によって表情が変化します。リップルマークの現れるものは銘木と呼ばれ、家具などとして賞用されてきました。
画像6:アメリカンブラックチェリー リップルマーク
杢については、以下にて詳しくご紹介しています。
カバノキでありながら「桜材」として流通してきたカバザクラですが、ヤマザクラやアメリカンブラックチェリーに似たおとなしい木目と滑らかな木肌に加えて、カバノキ特有の美しいキャラクターがあります。それは、材面に散在し輝きを放つ縮れ杢や、心材と辺材とのコントラストなどです。見る角度やグレードによって表情が大きく変わるのがカバザクラの魅力です。材質もフローリングの適材として充分な堅さがあり、「桜材」と呼ばれ愛されてきたのにも頷けます。北欧産のカバノキであるバーチも同様に艶やかな材面をしています。当社では床暖房対応のバーチもご用意しております。
以上のように、一口に「桜材」といってもさまざまな種類がありますが、それぞれが魅力に溢れ、洋の東西を問わず古くから愛されてきました。時間とともに増していく深み・艶は暮らしを華やかに彩ってくれます。10年、20年と一緒に歳を重ねていくのが楽しみな樹種の一つです。
【参考文献】
・上村武(2001)『木と日本人 木の系譜と生かし方』学芸出版社.
・佐道健(2005)『木へんを読む』学芸出版社.
・総本山 金峯山寺ホームページ,
[online]http://www.kinpusen.or.jp/(参照2018-06-27)
・吉野町ホームページ,
[online]http://www.town.yoshino.nara.jp/(参照2018-05-02)
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