天然の木から切り出した無垢材は、日々の生活の中で使い込むうちに味わい深く変化していきます。時のうつろいと共に暮らしの中で摩耗されることによって生み出される自然なツヤや、毎日触れることによって馴染んでいく質感などその変化は多岐に渡りますが、中でも特に実感しやすいのが色の変化です。一口に色の変化と言っても、無垢材ならではの自然な色の経年変化もあれば、洗剤をこぼしてしまった、うっかり重曹でお掃除してしまったというような思いがけないものによる色の変化もあり、その原因はさまざまです。今号では、こうした無垢材の色の変化に注目し、色が変化する原因と対処法をご紹介していきます。
無垢材の変色は、大きく分けて経年変化、風化、汚染の三つに分類することができます。
■経年変化
青々とした畳が年月を経て黄味を帯びた表情になっていくように、無垢材も時と共に色が変わっていきます。これは、木材に多く含まれるリグニンという成分が、紫外線などの光を吸収して分解し、性質が変化していく過程で起こるものが主な理由です。色味が明るくなるもの、濃くなるもの、木柄が馴染んでくるものなど、変化の仕方や時間は木の種類によって異なります。無垢材を選ぶ際には、木の個性であるこの経年変化を踏まえた上で選ぶと、暮らしの中で移ろいゆくさまざまな表情を楽しむことができ、さらに無垢材の美しさを堪能することができます。
経年変化については、以下の記事もあわせてご参照ください。
>経年変化する無垢木材―使い込むほどに風合いが増し、劣化しない素材―【691号】
■風化
カフェのテラス席や公園では、シルバーグレーのウッドデッキを非常によく見かけます。無垢材を屋外で使用すると、どんな色の樹種であっても最終的にはシルバーグレーに変色していきます。これは、木の中に含まれるリグニンなどの物質が、時と共に雨によって流れ出てしまうためです。リグニンは、木材の骨組みであるセルロースを補強する役割も担っているため、これが失われてしまうと色の変化だけでなく、材自体も相対的に脆くなってしまいます。
■汚染
汚染とは、特定の物質によって無垢材本来の色味に変化が生じる現象です。汚染の原因となる身近なものとしては、金属や強い酸性・アルカリ性を持つ物質が挙げられます。往々にして自然な営みによる色の変化ではないため、不自然さが生じてしまう困ったことではありますが、原因物質が無垢材に直接触れないよう注意することで汚染は予防することができます。また、万が一無垢材が汚染されてしまった場合でも、正しい対処法を知っていれば、補修することが可能です。
以上のように、無垢材はさまざまな要因で色が変わっていく素材です。経年変化や風化は、時間を経て長年使い込むことで自然と色味が変化していきます。これは無垢材を使用していく上で、風合いの一つになっていく要素です。無垢材と共に過ごした年月が刻まれていく証とも言えます。一方で、汚染はどの物質が汚染の原因になるのかを知ることで予防することができます。ここからは、汚染による変色に焦点を当て、汚染の種類別にその原因と症状をご紹介していきます。汚染への対処方法は、最後にご案内します。
金属汚染は、金属と無垢材が接触することによって発生する汚染です。釘や針金、ヘアピンや植木鉢などによる変色が金属汚染に当てはまります。その中でも主な原因となる金属は鉄であり、鉄汚染と呼ばれています。
鉄汚染は、鉄と木材中に含まれるタンニン(英:tannin)という成分の反応によるものです。この反応は鉄またはタンニンのどちらかが溶け出すことによって生じるため、鉄+タンニンを多く含む木材+水分という条件が揃うと、鉄汚染が発生しやすくなります。そのため雨に濡れた鉄製の植木鉢や、湿ったヘアピンなどが、汚染の原因としてよく挙げられます。
画像6及び画像7は、タンニンを多く含むことで知られているヨーロピアンオークの無垢材サンプルを用いた実験画像です。今号では、以下全ての実験において、Arbor植物オイル塗装のヨーロピアンオークを使用しています。画像6では、サンプルの左側半分に鉄製のヘアピンのみをのせ、右側半分には鉄製のヘアピンをのせた上に水を垂らしています。
1時間後にサンプルからヘアピンを取り除いた様子が画像7です。水を垂らした右側部分には、ヘアピン型の変色が残っていました。これが鉄汚染です。鉄汚染が発生した場合、無垢材は黒味がかった色に変色します。なお、乾燥が不十分で水分を多く含んでいる木材の場合は、今回のように水を垂らさなくても、乾燥した鉄が付着するだけで鉄汚染が発生する可能性があります。また、鉄汚染の影響の受けやすさは樹種によって異なります。基本的には、タンニンを多く含む樹種の方が鉄汚染の影響を受けやすくなります。
<鉄汚染の影響を受けやすい樹種>
広葉樹…オーク・クルミ・メープル・ウォールナット・アメリカンブラックチェリー・クリ
針葉樹…ピーラー・スギ(心材*)・ベイヒバ(辺材**)
<鉄汚染の影響を受けにくい樹種>
広葉樹…チーク・タモ
針葉樹…スギ(辺材**)
*心材…木材を輪切りにしたとき内側にあたる色の濃い部分。赤身とも呼ばれる。一般的に辺材に比べ耐久性が高い。
**辺材…木材を輪切りにしたとき外側にあたる部分。白太とも呼ばれる。
鉄汚染を防ぐために、濡れた状態の鉄製品は無垢材に近づけないよう注意しましょう。無垢材の上に植木鉢やヘアピンといった鉄製品を置く場合には、しっかりと水気を取ってから置くようにすると安心です。
酸汚染は、酸性物質と無垢材が接触することによって発生する汚染です。弱酸性のレモンやお酢の場合は、微弱な汚染が発生する程度ですが、強酸性のトイレ用洗剤、除菌液等の場合は、汚染の度合いが強くなります。酸汚染が木材のどの成分によって引き起こされているのかは未だ解明されていませんが、ポリフェノール等を取り出した木材は酸により変色しないため、酸汚染の原因となっているのは、これらの成分ではないかと推察されています。***
***武南勝美「木材の汚染に関する研究(第3報)酸汚染」『木材誌』11巻2号,1965,p.41
画像8は、ヨーロピアンオークの無垢材サンプルを用いた酸汚染の実験画像です。サンプルの左側半分には強酸性のトイレ用洗剤を、右側半分には弱酸性のクエン酸を水に溶かした液体を塗布しています。
1時間後に液体を拭き取った状態が画像9です。強酸性のトイレ用洗剤を塗布した左側部分には赤みを帯びたシミができています。酸汚染が発生すると、画像のような淡い赤色のシミが発生します。対照的に弱酸性のクエン酸を溶かした液体を塗布した右側部分には特に変化はありませんでした。このように、酸汚染の程度は物質のpHによって変わってくるのです。鉄汚染と同じく、酸汚染も樹種によって汚染の程度が異なります。
<酸汚染の影響を受けやすい樹種>
広葉樹…メープル
針葉樹…ヒノキ・スギ・ピーラー・シルバーパイン
<酸汚染の影響を受けにくい樹種>
広葉樹…チーク・オーク・タモ・キリ・クリ
トイレ用洗剤や除菌液のような強酸性の物質を使う際には、無垢材の上にこぼしてしまうことがないよう十分に注意しましょう。こぼしてしまった場合でも、すぐに拭き取れば酸汚染の程度を弱めることができます。
アルカリ汚染は、無垢材がアルカリ性物質と接触することによって発生する汚染です。酸性と比べてイメージしづらいかもしれませんが、石けん水や、掃除用品としてポピュラーな重曹と炭酸ナトリウムで構成されたセスキ炭酸ソーダ(Na3H(CO3)2)などがアルカリ性物質に分類されます。一般的に、酸汚染に比べてアルカリ汚染は反応が目立ちやすいと言われています。キッチン用洗剤等の強アルカリ性物質の場合は、強酸汚染と同じく、汚染の程度が非常に強くなります。
アルカリ汚染は、木材に含まれるタンニンの量が多いほど強い反応が起こりやすいという相関関係が見られます。しかし、その相関関係の程度から、アルカリ性物質が単純にタンニンだけに反応しているとは考えづらいようです。詳しいことはまだ解明されていませんが、タンニンをはじめとする水に溶けだす成分が、この汚染の原因であると考えられています。
画像10は、ヨーロピアンオークの無垢材サンプルを用いたアルカリ汚染の実験画像です。サンプルの左側半分には強アルカリ性のキッチン用洗剤を、右側半分には弱アルカリ性のセスキ炭酸ソーダを水に溶かした液体を塗布しています。
画像11が、1時間後にそれぞれの液体を拭き取った状態です。既にシミが発生していますが、ここからさらに1時間経過した画像12を見てみると、表面に残っていた水分が完全に乾き、シミが濃く浮き上がってきています。アルカリ汚染は、表面に水分が残っている状態だと汚染のシミが見えづらい傾向にあるようです。汚染が発生した直後は軽微に見えても、時間をおいて完全に乾燥させると、このようにシミが目立ってきます。
強アルカリ性のキッチン用洗剤を塗布した左側部分には白っぽいシミができています。一方、弱アルカリ性のセスキ炭酸ソーダを溶かした液体を塗布した右側部分には少し黒っぽいシミが発生しました。アルカリ汚染の場合、発生するシミの色はさまざまで、樹種やアルカリ性物質の濃度によって違いがあります。他の汚染と同様にアルカリ汚染も樹種によって汚染の程度が異なります。
<アルカリ汚染の影響を受けやすい樹種>
広葉樹…オーク・メープル・ウォールナット
針葉樹…ピーラー・スギ
<アルカリ汚染の影響を受けにくい樹種>
広葉樹…タモ
針葉樹…ヒノキ
今回実験に使用したオークは、比較的アルカリ汚染が起こりやすい樹種のため、弱アルカリ性のセスキ炭酸ソーダを溶かした液体であっても肉眼で確認できる程度のシミができたと考えられます。石けんをはじめ、掃除用品にはアルカリ性の物質が含まれる場合が多いため、無垢フローリングに使用する際には、目立たない所で試してから使用するようにしましょう。
鉄汚染や酸汚染、アルカリ汚染が発生し、色味が変化してしまった場合には、出来るだけ早く汚染の原因となる物質を取り除きましょう。汚染の原因となる物質が接触してから時間が経過するほど、反応は進んでしまいます。汚染の原因を取り除いた後は、汚染の種類ごとに適切な補修を行うことで、汚染を軽減させることができます。
■鉄汚染の補修方法
鉄汚染の場合は、変色してしまった部分を削り取ってしまうのが一番簡単な補修方法です。下記の手順に沿って、簡単に補修することができます。
<用意するもの>
・無垢木材の仕上げと同じ塗料
・サンドペーパー(180番・240番の2種)
・ウエス(綺麗なぞうきんやタオル、布のはぎれ等)
<補修の手順>
① まず180 番のサンドペーパーを使って汚染部分を削ります。
このとき木目の方向に沿って削るよう意識しましょう。
② 汚染部分があらかた削り取れたら、240番のサンドペーパーを使用して表面を整えます。
③ 木の粉を払った後、塗料をウエスにとり、再塗装します。
④ 最後に綺麗なウエスで乾拭きを行い、余分な塗料を取り除きます。
※無垢材の表面を削るサンディング補修は、ウレタン塗装品にはしていただけません。
※再塗装の際は、もともと塗装されている塗料と同じ塗料を使用してください
■酸汚染の補修方法
酸汚染の場合は、アルカリ性物質を用いて汚染を中和させることで変色を軽減できます。今回は、中和剤としてドラッグストア等でも手に入る掃除用のセスキ炭酸ソーダを使用していきます。
<用意するもの>
・水大さじ1に対して、セスキ炭酸ソーダ小さじ1を溶かした液体…液体A
・ウエス(綺麗なぞうきんやタオル、布のはぎれ等)
<補修の手順>
① 液体Aを酸汚染のシミに対して塗布します。
② 10分後、液体Aをウエスで拭き取り、シミの様子を確認します。
③ シミの状態に合わせて、再中和やサンディングを行います。
画像17は、強酸性のトイレ用洗剤を塗布し、1時間放置したヨーロピアンオークの無垢材サンプルです。これにセスキ炭酸ソーダを用いて中和した後の様子が、画像18です。補修前よりも大きな黒いシミができていることに驚かれるかもしれません。これは、酸汚染の中和を通り越して、アルカリ汚染が起こってしまっている状態です。オークの木は、酸汚染が発生しづらく、アルカリ汚染が発生しやすいため、塗布してから時間を置きすぎてしまうと、アルカリ汚染が発生してしまいます。こうした失敗を防ぐためにも、中和をする際にはシミの程度にあわせて中和剤の濃度を調整し、様子を見ながら行いましょう。
また、このように酸汚染の中和を通り越してアルカリ汚染が発生してしまっても、アルカリ汚染の補修方法を施すことによって画像19のように再度中和することができます。仕上げにサンディングを行えば、画像20の通り、綺麗に補修することが可能です。アルカリ汚染の補修方法については、下記で詳しくご紹介していきます。
■アルカリ汚染の補修方法
アルカリ汚染の場合は、酸性物質を用いて汚染を中和させることで変色を軽減できます。今回は、中和剤としてドラッグストア等でも手に入る掃除用のクエン酸(C₆H₈O₇)を使用しています。
画像21は、左側半分に強アルカリ性のキッチン用洗剤、右側部分に弱アルカリ性のセスキ炭酸ソーダを溶かした液体を塗布し、2時間経過****したヨーロピアンオークの無垢材サンプルです。こちらを中和していきます。
****セスキ炭酸ソーダを溶かした液体を塗布して1時間後に液体を拭き取り、さらに1時間乾燥させた状態。
<用意するもの>
・水大さじ1に対して、小さじ1のクエン酸を溶かした液体…液体B
・ウエス(綺麗なぞうきんやタオル、布のはぎれ等)
<補修の手順>
① 液体Bをアルカリ汚染のシミに対して塗布します。
② 1時間後、液体Bをウエスで拭き取り、シミの様子を確認します。
※今回のアルカリ汚染は汚染の程度が強いため、長時間中和しています。
中和を行う際には、汚染の程度にあわせて様子を見ながら時間を調整してください。
③ 液体Bを拭き取った後、表面の水分が完全に乾燥するまで待ち、汚染を確認します。
※今回は1時間乾燥させています。
④ さらに綺麗に仕上げたい場合は、サンディング・再塗装を施します。
中和後、弱アルカリ性のセスキ炭酸ソーダを溶かした液体を塗布したシミは目立たなくなりましたが、強アルカリ性のキッチン用洗剤を塗布したシミは残ってしまいました。このようにアルカリ汚染は、比較的汚染の程度が強いため、中和で取り切れなかったシミは、鉄汚染と同じようにサンディング及び再塗装をして補修するのがお勧めです。
なお、今回実験に用いたヨーロピアンオークのサンプルは、全て浸透性塗料(Arbor植物オイル)塗装品です。汚染のリスクが高い空間においては、より耐汚染性の高いコーティング系塗料や高機能塗料に変更し、汚染予防を図るのも良いでしょう(ただし、コーティング系塗料を塗装した場合、ご自身でのサンディング補修はできません。)
各種塗装については、以下の記事もあわせてご参照ください。
>塗装の種類とその選び方―塗装を知ると無垢材はもっと楽しめる―【639号】
今号では、無垢材の変色に注目し、その中でも日常生活の中で発生しやすい汚染について詳しくご紹介しました。汚染の原因となる物質を知ることで、汚染の予防に繋げることができます。汚染が発生してしまった場合には、様子を見ながら、ご紹介した補修方法をお試しください。何かトラブルが起こっても、削って補修したり、再塗装したりすることで、繕いながら長く愛用していけるのが無垢材の魅力です。無垢材と共に時を刻む豊かな暮らしをお楽しみください。
<参考文献>
和信化学工業株式会社「塗料のお話」
https://www.washin-chemical.co.jp/corporate/chemistry/coatingguide/cguide_12discoloration.html
武南 勝美「木材の汚染に関する研究(第3報)酸汚染」『木材誌』11巻2号,1965,p.41
武南 勝美「木材の化学汚染について」『材料』16巻169号, 1967,pp.784~789
マルホンの無垢木材について
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無垢木材の「質感」・「香り」・「あたたかみ」を実際に体感いただくため、 株式会社マルホンでは、浜松と東京、大阪、福岡の4箇所にショールームを開設。 いずれもフローリングやパネリングを始めとする、国内外の豊富な木材をご紹介しております。
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